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ここ坂本は、比叡山延暦寺への物資を供給する門前町として栄えていました。江戸時代になると、多くの里坊(比叡山で修行を積んだ僧侶たちが天台座主の許しを得て住み込む隠居坊)が坂本に造られるようになり、僧侶や日吉大社の神職者などとともに、職人・商人など、多様な人々が生活するようになりました。

その中で、延暦寺の僧侶でありながら妻帯と名字帯刀を認められた「公人」と呼ばれる人々がいました。公人は、三塔十六谷からなる延暦寺の堂舎・僧坊に所属し、治安維持や年貢・諸役を収納する寺務を務めていました。


主 屋

 

米蔵・馬屋

 坂本には、近年までこのような「公人」と呼ばれる人たちが住んでいた住居「公人屋敷」が数多く残されていましたが、生活様式の変化などにより増改築され、外観はさほど変わらないものの、内部は原型をとどめないほど改装されています。

 そうした中で、代々公人を務められた岡本家の家屋は全体に公人屋敷としての旧状をよくとどめた社寺関係大型民家の特徴を示す住宅として残されてきました。

 平成十三年、現当主の岡本永治氏から坂本地域の歴史的遺産の保存を目的として、大津市に主屋・米蔵・馬屋等の建物と敷地が寄贈されたことから、平成十五年秋から保存改修工事に着手、平成十六年秋に完工し、平成十七年三月に、歴史的価値が認められ、大津市指定文化財(建造物)となりました